Dec 03, 2008

FXは24時間取引することができます

FX為替取引は、時差の関係で、東京、ロンドン、ニューヨークとの取引にバトンタッチしていくために(世界3大市場)、24時間の取引を行うことができます。世界中の金融機関が相互に取引をしているインターネットバンキングを中心に、1対1の関係で通貨、数量、価格を決定し、直接取引をしているのです(FX相対取引)。
手形割引を依頼に来るほどの銀行と付き合っていても、正しい情報は何も出てこない。割引程度しか営業できないので当然のことである。もし、もっと建設的な話をしてくるところには、その言葉と一緒に、長期事業資金の話も出てくるのだ。この程度の情報を取得してもらいたいのだ。
 甲子園球場で開かれていた第93回全国高校野球選手権大会最終日は20日、決勝が行われ、光星学院(青森)が日大三(西東京)に0―11で敗れ、準優勝に終わった。東北勢はまたしても、大旗の「白河の関越え」はならなかった。青森勢の準優勝は1969年の三沢以来42年ぶり、2度目。
 光星学院先発の秋田教良が日大三の強力打線に捕まった。2巡目に入った三回、高山俊に中越え3点本塁打を浴びて先制を許すと5回にも失点。七回には2点本塁打を許すなどして5点を失い、試合を決定付けられた。救援投手も八回に2点を献上し、失点は2桁となった。
 光星学院は日大三先発の吉永健太朗を最後まで打ち崩せなかった。五回には2死一、二塁と好機を迎えたが、二走金山洸昂が本塁でタッチアウトになるなど、1点が遠かった。
 光星学院は初戦の2回戦、専大玉名(熊本)を16―1、3回戦で徳島商を6―5、準々決勝で東洋大姫路(兵庫)を2―1、準決勝では作新学院(栃木)を5―0で下してきた。

<表情が消えたエース>
 低めに投じた変化球を打ち返されて投げる球がなくなり、光星学院のエース秋田から表情が消えた。七回に試合の大勢を決める5点を奪われ、東北勢として初の甲子園制覇の夢が遠のいた。
 三回2死走者なしから死球を与えた。4番を迎えた深い外野の守備位置の前へ打球が落ちる。続く5番打者の初球が、見入られたように真ん中へ。先制3ランを許し、後手に回った。
 準決勝までのチーム打率が3割を超えた打線も、日大三の吉永のシンカーを交えた緩急に封じられる。五回には相手の好返球で金山が本塁で憤死。仲井監督は「完敗。負けには絶対に原因がある。見つめ直して、またチームを一からつくりたい」と再挑戦を誓った。

 西東京代表の日大三高(町田市図師町)が8月20日、夏の甲子園決勝で青森の光星学院に11対0で勝利し、10年ぶりに全国制覇を成し遂げた。(町田経済新聞)

 日大三高は3回裏、高山俊選手(3年)の2試合連続ホームランで3点を先制したのを皮切りに打線が爆発。守備ではエースの吉永健太朗投手(3年)の力投をはじめ、ライト高山選手のファインプレーなどで光星学院を完封。1971年春、2001年夏に続く3回目の優勝を果たした。

 町田駅周辺では同校の優勝を伝える号外が配布された。号外を受け取った町田市在住50代の男性は「10年前の優勝を思い出す強力な打線だった。今日の試合は高山選手のプレーが印象的だった」と喜んだ。

 今日の早朝、町田から甲子園に駆け付けたという40代男性は「春の準決勝も甲子園で見た。その時からずいぶん成長したなと思った。吉永投手は本当に粘り強く投げていたし、バックも好守備を連発して支えていた。春にも活躍し、注目していた選手たちが、またこの場に一層大きくなって帰ってきた。それを春の時と重ねて思い出していたら、なぜか涙が出てきた」と話す。

 現地で応援していた石阪丈一町田市長は試合後、「市民にとっても大きな喜びであり、誇り。すばらしいプレーと粘り強い精神力は、私たち町田市民だけでなく、東日本大震災で大きな被害を受けた方や全国の皆さんに、元気をもたらしてくれたと思う。これからもスポーツを通じ、多くの人を感動させてほしい」とコメントしている。

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日本大学第三高等学校


 東南海・南海地震による津波や高潮など災害に備えるための県海岸防災セミナー(国交省近畿地方整備局主催)が、和歌山市のホテルで開かれた。老朽化する防波堤の点検の必要性や津波から逃げる方策について議論し、約130人が聴き入った。
 同整備局の小野憲司副局長は、防波堤など県内の海岸保全施設は、約7割の建設時期が不明であり、約3割弱に耐震化の必要があると指摘した。また、沿岸技術研究センターの山本修司理事は、全国的に護岸の約6割が昭和30年(1955年)代までに整備されたもので、県内にもひび割れなど老朽化した場所があると点検を勧めた。
 パネルディスカッションでは、玉置和宏・毎日新聞特別顧問が「(東日本大震災の)被災者がどうして逃げることができなかったのか。正面から受け止め、防災対策に生かすべきだ」と発言。照本清峰・和歌山大防災研究教育センター特任准教授は、大津波警報など被災時の情報通信設備を整備すればするほど、その情報を待つ心理が生じるとし、「東南海・南海地震は数分で津波が襲ってくるところもある。大津波警報の発令前に避難することが大事」と訴えた。
 海南市内海地区連合自治会の辻登相談役は、1946年の昭和南海地震で腰のあたりまで津波につかりながら生き延びた経験をもとに「自分の命は自分で守ることが一番大切。家族会議を開き、どこへ逃げるか子どもたちと津波の話をしてほしい」と述べた。【山下貴史】

8月20日朝刊

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